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イベント・フォーラム

EVENT FORUM

COP11千葉報告会『未来の語り部会議』 報告

2013.03.26

COP11千葉報告会『未来の語り部会議』 報告
2013年3月9日(土)

この事業は、独立行政法人環境再生保全機構地球環境基金の助成を受けて行われました。

報告:三石 朱美 (個人正会員)
所属:日本環境法律家連盟(JELF)事務局

 2013年3月9日午後、千葉県佐原市において生物多様性条約COP11報告会を兼ねた「未来の語り部会議~いのちとくらしを結びなおす~vol.2」が開催された。春らしい農作業日和の陽気だったため、どちらかというと農業従事者よりも農業とつながる場所に関わりをもつ人々の参加が多く、千葉県を中心とした首都圏各地から、30名超の参加があった。

 2011年3月11日の東日本大震災に起因する東京電力福島第一原発事故での影響は、福島県内のみならず、東日本全域にもたらされた。今回の『未来の語り部会議』は、震災時には津波で犠牲となられた方もおり、また、放射能汚染に関してもホットスポットがいくつか存在する千葉県で開催された。千葉県は生物多様性条約に関連して千葉県の生物多様性地域戦略も策定されている自治体でもあり、将来世代にわたって豊かな暮らしや環境を守りたいと新規就農する人々も多い地域である。しかしその一方で、311を経験し、原発事故においては直接的な影響を受けた者としての迷い・戸惑いも抱え、その苦しみと向き合いながら、どうやって生きていくのかといった議論も交わされた。

生物と文化の多様性、生物多様性条約COP11

 報告会では最初に、吉田正人さん(江戸川大学)から、生物多様性と文化の多様性のつながりについて豊富な事例をご紹介いただいた。富山県五箇山、台湾の花蓮地方とフィリピン・コルディレラ地方に共通する稲作の石積み棚田についてのお話では、フィリピンでは外来種のミミズが石と石の間に入りこむことで棚田を支える石組が崩壊の危機にあることも知った。各地の田植え、田の水の管理方法、稲刈りや脱穀の方法や道具、また、田んぼの生き物のお話など、共通点・類似点や各地で独自に発展したものの両方をご紹介いただいて、風土がもたらす生物多様性は、風土の中で育成された文化と密接につながっていることを私たちは理解した。
 吉田さんはCOP11に参加した経験を通じて、インドの人たちにとっての生物多様性の保護とは“お米の品種や栽培作物の品種の多様性を守ること”でもあると実感された。
 吉田さんに続き、筆者・三石が、COP11の期間中の参加者との交流について報告した。世界中から参加した先住民族とローカルコミュニティの人々との会場内での交流と、中でも、インドのカースト制度の中で被差別階層とみなされ、土地なし農民であったダリットの人々が、それぞれのコミュニティで農地の所有権や社会的公正を求めて活動されている現場について視察したことを中心に報告した。生物の多様性に関する条約の締約国会議ではあるが、参加する市民の多くは、各々の文化・権利が正当に守られることを求めて参加し、交流することで、ともに、未来につながる持続可能な社会の実現を目指していることを述べた。

福島県有機農業ネットワークの取り組み、福島の農業者として

 COP11に福島県の農家として参加された喜多方市山都町の浅見さん、長谷川さんからは、原発事故で影響を受けた当事者としてのお話をいただいた。原発事故がもたらした影響は甚大な範囲におよぶため、浜通り・中通り・会津、そして福島県外とそれぞれの当事者が異なる経験であることを断りながら、福島県で農業を続けること、そのために市民放射能測定センターなどが事故後、どのような取り組みをしているかについて、測定結果を示しながらのお話であった。
 事故後8か月間、2人の子供を避難させながらも、農業を続けられた浅見さんはその間の葛藤をこのように述べられた。「自分が農業をしているということは、自分で作った食べ物を自分で食べたいから、家族に食べさせたいから、そして、消費者に食べてほしいから。自分は家族を避難させておきながら、生産した作物を人に売るのか、農業とは、安全とは何か、深刻に考え向き合った。」
 生産物を測定した結果、移行率の低いものが相当数あった。浅見さんは放射能のことを知り、放射能と向き合いながらも、農業を続けることを決められた。長谷川さんら専門家の協力のもと、放射能市民測定センターに足を運び、自分が生産したものを自分の手で計って、自分の目で確認し、自分で決める。専門家と市民・生産者との連携を築くことで科学的なデータを蓄積しながら、活動している。農業をすることとは、単に、自然の一部となることや土とつながっているというだけではなく、未来を子孫や地域に引き継ぐことでもあるとの覚悟からだ。
 では生産物を買う側は、今までなんとなく原発に反対しながらも見過ごしてきた都会の消費者は、311が起こった後の現在、311とどう向き合うのか――?
 この問いから、会場では、食物の安全や放射能汚染データの開示・社会的共有について、生産者、流通・小売り、消費者、どの部分で誰がどう責任をとるのか、といった議論が生まれた。会場からは、生産物への放射能の移行データを公表することに対して地域で軋轢はないのかという疑問も投げかけられたが、福島の場合には「福島の場合だからこそ情報開示するしか農家が生き残る道はない」という浅見さんの発言が強く印象に残った。
 そして参加者の間では、改めて農家と消費者の関係をどう作り直すか、という問いが共有された。

いのちか資源か、種子を哲学する

 続いて、有機農業家として種子の保護に取り組み、リオ+20、インドCOP11に参加された浜口さんから参加報告があった。国際会議は決して遠い世界の出来事ではなく、自分たちと同じ問題意識をもつ人たちが集まってつながっているのだということを、2つの会議でのご自身の交流を軸に話された。
 南米では土地なし農民が土地を求めて戦い、時に自らの命が奪われるような過酷な現場(eco-cide)で、農民にとってたねが戦いのシンボルになっていた。インドでも、たねは『緑の革命』にもあるような社会的なシンボルとなっており、インド国内全域で交換されていた。
 日本でたねを語る場合、土地とのつながりや、それぞれの農法に関する哲学などの文脈でとらえられることが多い。わが子を育てるように、命を命として、たねと向きあう農家は決して少なくない。また、地域の伝統品種を守りつづけることにも大きな意味があり、たねは限られた地域の中で交換され守られていくという背景がある。特に関西をはじめ西日本では伝統品種の種類が豊富なため、たねの交換が慎重にされてきた歴史がある。
 ところが、その一方で、伝統品種が少ない地域では、たねが一種のブームになっており、自家採取をする人はいるものの、たねを守る(Seed saver)のではなく、集めることが目的(Seed Collector)となりつつある風潮が現れ始めている。たねとり、育種、発芽、選別のプロセスを学ぶ機会がなかったために、たねが農業資源における供給システムになりつつある現状があるという。こうした指摘の背景には、千葉の場合、特に、東京という市場が近くにあるため有機農業が市場経済に組み込まれ、有機農業でつくられた生産物が商品としてみなされて流通していく潮流への危機感があるのを感じた。

非暴力に導かれ百姓として生き抜くこと

 そして、最後に成田で農業を営む小泉英政さんのお話を伺った。北海道の開拓農民の子供として生まれた小泉さんは、高校を卒業後、東京に移られた。ベトナム戦争が始まった当時、東京にいた小泉さんは、べ平連で反戦を訴える座り込みなどを経験しながら、暴力をもってことを動かす政治は暴力を排除できないという信念から、非暴力で社会に訴えるんだとの気持ちを強くされたという。
 その後、三里塚の成田空港反対運動で強制代執行があった際、自宅を破壊された小泉ヨネさんの畑をついで農業を始められた。小泉ヨネさんが成田空港予定地内で耕していたわずかな畑を守りながら、晩年、胆管ガンで弱っていかれるのを目の当たりにして、彼女の生きる希望を守るため、彼女の農地の将来について多少なりとも安心してもらうため、26歳の時、養子となられた。
 実際に農業を始めてみると、牛の糞尿が堆肥になっていく過程などとても面白く、感動をおぼえた小泉さんは、有機農業で地元を盛り上げていこうという活動も始められた。ところが有機農業にとりくむ中でも、ビニールなどの燃やすとダイオキシンや環境ホルモンが発生するものを用いることや、アメリカなど海外から輸入する飼料を使用する方法に疑問を感じるようになっていった。その後、食べられるものをつくるには食べられる土・たね・飼料を使って作ろうという信念で、循環型農業を始めるに至ったとのことだ。
 小泉循環農業では、里山の落ち葉をきれいに集めて、米ぬかや畑から出てくる野菜などとともに発酵飼料を作って作物を生産している。5町歩の畑で生産するのに対し、落ち葉など集めるための里山も5町歩必要だという。現在は、この農場で120種の作物を生産されている。「作物を生産するように、たねも自家採取する。里山を作る」とおっしゃっていたのが印象に残っている。
 ところが、原発事故は里山を放射能で汚染してしまった。今はまだ、落ち葉を集められない。堆肥が作れない。急激な農法の変化に作物が安定しない。小泉さんの野菜を買っていた人たちの間でも約3割の人が野菜の購入先を変えたという。今までの人生をかけて積み上げてきたことが、一瞬で崩れてしまった。
 成田空港建設の強行で小泉ヨネさんの家や畑など強制代執行を受けた経験や福島第一原発の事故の経験を受けて、小泉さんは、非暴力で“闘う”ということは、非暴力の座り込みはもちろん、自然とともに後の人のことも考えて地域を作ることでもあると述べられた。非暴力で闘うということは見返りを求めないことであり、社会が理解し、皆のものになっていくまでに時間がかかることでもある、と。

参加者からは、遺伝子組み換えの技術が求められた大規模農業で用いられるたねと種を守っていくためのたねとの文脈の違い、各々のとらえ方の違いについて意見がだされされた。遺伝子組み換えとは限らないF1種の場合のように経済的な目的で流通されているが体に影響がない場合、安心安全なら使用してもいいのではないかといった意見や、技術的な発展は否定しないが経済的な仕組みを暴力ととらえる立場も、生命や倫理の問題として違和感を抱く立場もあり、多様な立場があるのではないかとの指摘があった。その一方で、有機農業をする人間としてたねも人にゆだねたくないとする発言や、「農民が自分の身の回りにあるもので農業をする」ということはたねも自給する事ではないか、という農業者からの立場の表明もあった。
原発事故以降それぞれがうけた被害や苦しみは、当事者それぞれが有機農業にどう対峙していくかという点についても多極化した形で現れている。生産物を補償をうけるための市場商品とみなすとらえ方も残念ながら生まれているが、有機農業とは、戦争を止めたい、非暴力で社会の構造的暴力と対峙したいという思いが生き方として具現したものととらえるとらえ方もある。
原発事故によって、すでに疲弊していた農村部のひずみや安心安全への配慮といった将来世代へのツケが露呈してしまった現在、改めて、あぶないと思うプロセスをどうしたら自分の手に取り戻せるのかということが、真剣に模索されている。
生産者と消費者をどう結びなおし、いのちとくらしの関係をどうつくりなおすのか。2012年春に続き、第2回目の開催となった未来の語り部会議は、今後も長い時間をかけて繰り返し対話し、また、参加者それぞれが互いの地域で、自身に、地域に問いかけなおすプロセスが必要であることを確認して終了した。

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