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イベント・フォーラム

EVENT FORUM

COP11石徹白(いとしろ)報告会

2013.02.25

UNDB市民ネット COP11石徹白報告会 参加報告
2013年2月6日~7日

報告:三石 朱美 (個人正会員)
所属:日本環境法律家連盟(JELF)事務局

この報告会は平成24年度独立行政法人環境再生保全機構地球環境基金の助成を受けて開催されました。

国連生物多様性10年(UNDB)市民ネットワークでは、2013年2月6日~7日、岐阜県郡上市石徹白において、2012年にインド・ハイデラバードで開催された生物多様性条約COP11の報告会を行った。岐阜駅に集合しバスで移動した参加者の他、福島から直接現地合流した2名、また、福島原発事故後、放射能の影響を受けた千葉から飛騨地方に移住され現地に直接集合された雲英さんを含め、参加者総数は19人であった。6日のCOP11報告会を終えた翌日、7日は現地視察を行った。

石徹白(いとしろ)とは

 今回の報告会の開催地、岐阜県郡上市石徹白は、岐阜県の中でも福井県との県境に位置する豪雪地帯である。もともとは福井県だったのだが現在は岐阜県となっている。昭和33年、約1200人で村として独立した地域で、現在は、110世帯、約250人の集落だ。集落を流れる石徹白川は、福井県から日本海に流れる九頭竜川水系に属する。
 福井県と岐阜県の県境にある白山連峰を背景に白山信仰を守る人たちの集落として成立し、農作業の他、白山信仰でこの地を訪ねる人々の宿坊などで生活が成り立っているという。7日の現地視察では、この白山信仰の入り口となる白山中居神社、石徹白地区内の小水力発電の現場などを見学し、石徹白集落に移住して地域づくりに取り組む平野さんのお話など伺った。

COP11報告会

 今回のCOP11報告会が石徹白で行われた背景には、ハイデラバードCOP11の際に、UNDB市民ネットが主催となって行ったサイドイベントなどへの取り組みがある。このサイドイベントでは、福島第一原発事故に向き合いながら、福島で農業を続けておられる浅見さん、長谷川さんのお二人を講師として、原発事故で地域がうけた被害、放射能と向き合いながら地域を取り戻していくためのお二人の取り組みなどをCOP11の参加者に向けて発信した。
 このサイドイベントを実現するにあたって、UNDB市民ネットでは、2012年度から取り組んでいる福島プロジェクトでの調査活動をもとに、COP11派遣前には、福島県内(南相馬市~福島市~喜多方市山都町)のお二人の活動現場など訪問し、意見交換を重ねるなどの準備をしており、今回の石徹白での報告会はその1年間の総括と来年度以降の取り組みに向けた問題意識の確認・共有という意味合いもあった。
 「生物多様性」の地球規模での主流化に取り組むにあたって、名古屋でのCOP10開催と東日本大震災~福島第一原発事故の311の両方を経験した日本市民として、私たちは、地域で生きる小規模農家・林業家・漁業家といった第一次産業の現場が、それぞれの地域で事故後どうなっているのか、どのように復興したらいいのか、を考える必要がある。
また、現在、インドなど新興国での原発を推進する動きが顕著になっている潮流を踏まえた際、人間のみならず生態系・種・遺伝子の多様性を意味する生物多様性を主流化する際、いかに『原発と一次産業は両立しない』ことをつたえていくかも、大きな課題として考える必要がある、との問題意識であった。
 報告会は、(1)UNDBスタッフとして2012年、福島プロジェクトに取り組んでこられた戸上さんと、インドのサイドイベントで講師を務められた長谷川さん、浅見さんからの報告、(2)2012年に開催されたリオ+20とCOP11参加報告として、古沢さん、筆者・三石、(3)リオ+20、COP11に参加して地域の声を発信された坂田さん、浜口さんの報告と、石徹白で地域づくりに取り組む平野さんの事例を伺う、という3部構成で進められた。

(1) 福島からの報告

 福島県有機農業ネットワークの長谷川浩さんからは、まず、事故から約2年がたつ福島の現状から報告を始められた。事故の衝撃が風化しつつあり、人々は、だんだんと放射能が高いことに慣れてきているように見える一方で、まだ、16万人の人々が自分の家に帰れない現状や、東京電力からの補償の格差や、帰宅できる/できない、帰れないけど入れる/入れないといった線引き、除染に対する基準などで生じた地域の分断は、複雑かつ深刻な傷として存在している。
 こうした中、市民放射能測定センターでは農作物の汚染程度を調べることに取り組んでいる。事故後、収穫された農作物を測定し続けることで、汚染度が比較的低い作物なども明らかになってきており、地域の人々は汚染度が高い作物などは避けながら農作物を出荷したり食したりもしている。ただし、これは福島の現状で、都会の人々が福島の野菜を食べているかといったらそこは別の問題があることも事実である。
 また、私たちも訪問した南相馬市小高区のように、震災後、原発から30キロ圏内のため無人になった地区では、戻ることをためらう若い世代の人々も多くみられ、また、インフラの復興も一切なされておらず、一度、物理的に離れてしまうと一人で戻ることもなかなか難しいため、立ち入りが許可されたからといって地域が復興する事が非常な困難に直面している現状がある。
 日本では、一般的に農村の高齢化、過疎化・限界集落化の傾向が進んでいるといえるが、今回の事故で福島県はそれが急激に進み、20年後の農村の姿が一気に顕在化したと指摘された。長谷川さんは、こうした疲弊した地方の状況を変えるためには社会のあり方そのものを変えるしかないとの問題意識から、2013年4月から、森の耕し方、木の切り方、水車の羽の手入れの仕方など、参加者が身体感覚を伴って手で取り組む実践と座学の両方を体得する早稲谷大学を開催され、地域の知恵を人々に取り戻する取り組みを行われる運びである。
 同じく、福島県有機農業ネットワークの浅見彰浩さんからは、限界集落に移住し長年農業に取り組まれてこられた経験の中から、原発事故によってもたらされた地域の分断、断絶、戸惑いを報告された。情報が錯綜する中、「誰を信じればいいのか」がつきつけられた2年間だったといわれる。COP11でのサイドイベントでご自身の経験を語られる中、福島でも、一人一人の受け止め方・被害が全く異なる中で、福島を代表して話せるわけでもないことを、インドで聞き手に伝えることが難しかったとの感想を述べられた。
 また、原発に反対するという思いは同じ人々の間でも、原発のない社会を目指すにあたって踏んでいくプロセスや放射能の閾値への評価から同じ方向を向いていないように見える現状への指摘もあった。放射能と向き合いながら農業を続けていくこと、そのなかで地域を取り戻すことへの理解が、福島でどう復興に向き合うかの重要な点である。
 一方、UNDB市民ネットの福島プロジェクトとして震災後、飯館村など中心に調査活動を続けている戸上昭司さんからは、水俣の漁師・緒方正人さんによる、国には二つあり、制度国家としての日本と生国としての日本があるという言葉を紹介しながら、福島第一原発事故では、生国としての日本が脅かされたのだという指摘をされた。2012年4月以降、戸上さんは、福島市、郡山市、田村市などで、コミュニティを再び取り戻すために、生き方、食糧問題、エネルギー、福祉など“学びなおす”機会をつくるため奔走されており、その活動紹介など受けた。
 質疑応答の中では、福島の人々が、今まで住んできた場所、耕してきた場所の中で“放射能とともに生きる”という選択をされていることに関し、生き物や地球も汚染されている中で、人間にとって安全か安全でないかという見方だけでは評価しきれない「リスクをどう受容するか(どう向き合うか)」という問いが、より重要となるだろうという指摘があった。

(2) リオ+20、インドCOP11について

 古沢さんからは、リオ+20、インドCOP11の両方に参加された報告者として、生物多様性条約をどう見るのかといった視点から、包括的な報告をいただいた。グローバル社会の成立によって、世界のつながりは進んでいく一方、同時にローカルなものが重要視され始めている流れを受けて、1972年のストックホルム会議、1992年のリオ会議、そして、2012年のリオ+20という歴史的潮流と、持続可能な発展を実現するための環境条約の1つ、生物多様性条約の意味を説明いただいた。
 冷戦構造の枠組みが大きく変化し、世界的な競争原理・市場原理が発展し、生活そのものが経済社会にどっぷりと組み込まれている先進国のひずみにたいし、2012年の二つの国際会議において、福島から直接声を届けたことは大きな意味があるとの評価をされた。
 「持続可能な発展」が目指す枠組とは、使えばなくなっていく資源をただ消費していく仕組みの危うさに対して、化石燃料ベースの、人間だけが豊かになっていく文明の発展のあり方に転換を迫るものでもある。生物多様性条約の場合には、人間だけではなくほかの生き物や生態系などと共通の関係性に気付いたことが根底にあり、消費文明からの価値の転換が前提になっているといえる。
生物多様性条約における議論を見ると、人類は文明が転換するべきであることへの自覚はあるが、現実には、遺伝子組み換え問題やgeo-engineeringの議論など、今までの社会を作ってきた古い概念に逆行しているかのごとくの議論も生じている。報告者の古沢さんからは、条約の仕組みを立て直すような国際的な戦略が必要ではないか、という問題提起がなされた。
三石からは、インドCOP11に参加し、特に地域の知恵、生態系とともにある文化・慣習などをボトムアップの立場から取り組んでいるILCs/IPLC(先住民族と地域コミュニティ)との関係構築についての経験を報告した。
ILCと日本のNGOとの関係は、2年前のCOP10から始まったばかりのため、COP11では彼らの活動の様子、問題意識、キーパーソンなどをつかみ、今後の長期的な関係づくりの基盤づくりに取り組むことが目標であった。石徹白報告会では、会期中毎朝行われた戦略会議の様子、2014年のCBD-COP12に向けた先住民族との議論についてなど報告した。
 また、IPLCの中で、先住民族ほどには組織的な活動が構築できていないローカルコミュニティの人々に関しても、今後のCOPに向けて、情報共有を緊密にしていく約束がインドではなされ、こちらも長期的な関係を維持することを約束したことなど報告した。
 また、石徹白報告会では急きょ欠席された武者小路先生主催のサイドイベントについても合わせて報告をした。このサイドイベントでは、インドの先住民族と被差別カーストであるダリットの人々と、日本から沖縄の瀬長さんと被差別部落出身の川元さんによるものであり、社会構造の主流とされない(抑圧されている)人々の中にある伝統的な知恵、文化、環境・自然とのかかわりについてそれぞれの背景の紹介があり、今後、彼らの価値が社会において主流化し尊重されていくためにともに連帯して取り組むことが約束された。このサイドイベントをきっかけに、私を含む武者小路先生、川元さん、瀬長さんの4名は、滞在中にハイデラバード郊外のダリットの村を訪問して彼らの活動現場や、カースト犯罪の現場などを訪問し、彼らがいかなる困難に直面しているのかなど実感し、また昨年末には、インドの参加者を中心として、日米首脳にあてた沖縄での自然破壊を伴う基地建設に憂慮を示す交換書簡も送られたことなど報告した。

(3) 地域からの発信

 高尾山を拠点に活動している坂田昌子さんからは、311をうけて、日本の地域の声をリオ+20、インドCOP11の二つの場で発信されたことについての報告をうけた。まず、311をどうとらえたらいいのか、311は汚点なのか、分岐点なのかといった問題意識から、各地の人々を取材して作成しリオやインドで上映されたDVDの中身について口頭での紹介があった。現地では、日本はなぜ311に至ったのかということについて、自然には価値がないのだとしてどんどん消費していった結果、気が付いたら54基もの原発がならぶ国土へとなっていったこと、放射能は危険だから逃げるべきという考え方と、土地から離れられない、土地は先祖代々から受け継いできたもの、風土であり、合理的な評価などできないという地域の人々の葛藤や苦悩を紹介された。福島第一原発事故で明らかとなったのは、原発事故ではこうしたお金では換算できないものが奪われてしまうということである。
 坂田さんは、インドで、公式会議場の中への立ち入りが拒否されたクダンクラム原発に反対している人々との交流もされた。日本で起こったこと、土地を失ってしまうことについて、原発に反対しているインドの人たちのなかでもそれほどまでに大きな影響が出るのかとの驚きが示されたという。インドでは、しかしながら電力が不足しているのだという会場からの指摘に対し、電力は不足しているのではなく、電力に対するアクセスが不平等なのではないかとの問題提起もされた。
 インド、ブラジルの人々からは我々日本人に対し「日本は事故後、ライフスタイルが変わったのか?」という厳しい問いかけがあったこと、「もし今後、世界のどこかで原発事故が起こったら、日本人がどう対応したかが世界のスタンダードになる」という指摘があったことなど報告があった。会場からは、だからこそ、オルタナティブと1セットになった原発イヤダ論をわれわれは実践しなくてはならず、この実践を軸としてグローバルな構造や原発などに対する発信を行わなくてはならないとの声が上がった。
 千葉県香取市で種とりを基軸に農業に取り組んでいる浜口さんからは、原発事故後、放射能の影響をうけた地域の当事者として、有機農業に取り組む人々の間で特に東電からの補償の問題をめぐって関係性が少しずつ変化し始めている現状を述べられた。
また、リオ+20やインドCOP11に参加されていた人々とのたねをめぐって交流された経験についてご報告いただいた。浜口さんは、リオ+20ではPeople’s summitで、ハイデラバードでは公式会議場から離れた場所で開かれていたPeople’s Biodiversity Festivalを中心に活動されていた。
「たね」は、自然を資源化していくプロセスの問題でもある。
現在、日本では、急に関心が高まった種苗が品切れになったり売り切れてしまったりとたねへのアクセスが問題になりつつある。
インド、リオでの人々とのやりとりの中で、日本の種苗家には「たね」に対し愛情を感じながら接する人が多いという発見があったそうだ。日本の場合には、“品種を守る”という視点からも「たね」を小さな社会の中でまもるという態度になっていく。しかしたとえば、インドの人々の多くはたねを生存の糧ととらえており、こうしたとらえ方の違いが、インドの場合には「たね」について、隣り合うコミュニティ同志で交換する雰囲気へとつながっているらしい。
直面しているのは分配の問題ではあるが、育種家の権利として「たね」は誰のものか、品種はどう守られていくのか、といったグローバルコモンズのありようへの問いかけが、参加者の間で共有された。

 このCOP11報告会では、最後に、開催地でもある石徹白に移住し地域づくりに取り組んでおられる平野さんの実践例を伺い、翌日の現地視察の導入となった。
 岐阜市出身の平野さんは、大学進学後14年間東京で生活された後、32歳の時に持続可能な地域を作りたい!ということで岐阜に帰ってこられた。当初、郡上市内で林業体験や農業体験をつみながら食やエネルギーの問題に取り組んでおられたが、2007年から、石徹白にマイクロ水力発電を設置するなどの取り組みで5年間通ったのち、移住を決められた。
 移住に際しての困難は、なかなか家や農地が借りられないといったことであったという。
 集落内にはいくつかマイクロ水力発電機が設置されている。1機はらせん型水車を用いたもので、スタッフの自宅兼NPO事務所の建物の電力をまかなっている。また、2010年度に設置された発電機では、設置以前に電気代が高くて休眠状態となっていた農産物加工所の電力を供給し、現在では、冬場にドライフルーツを生産するなどして4人の雇用も生んでいる。
 電力会社の電線に入らない電力を電力が生産されたその場所で使うことで、地域の産業づくりのためのインフラに対し効率的な投資ができていると同時に、現在は、石徹白の先進事例を学ぶため全国各地から多くの人々が見学に訪れるなどの効果もあがっているそうだ。
 現在、石徹白では小水力発電の増設を目指すと同時に、発電量の大きい発電所を設置するための取り組みが始められており、組織作り・計画づくりの議論がなされている。
 石徹白の水力発電への取り組みは、それだけで地域に活性化をもたらしているわけではなく、石徹白地域づくりのスローガンとなっている『30年後も小学校を残そう』という取り組みの中の3本柱の1本である。
 小水力発電によって産業・雇用を創出すると同時に、石徹白の人・自然・暮らしを知ってもらう体験を通じてファンを増やす取り組み、そして、移住希望者が現れた際に住宅が供給できるような体制を整えておく定住促進の取り組みも並行して行っている。HPを通じて地区内外の情報発信をしながら、地域の知恵を残すべく地区内の若者たちが地区の高齢者に話を聞き、文章にまとめる聞き書きプロジェクトなども行っている。
 今回の報告会の中で、私が最も印象に残ったのは、平野さんが紹介された、一緒に石徹白の地域づくりに取り組むグループのリーダーのご発言だった。
 “地域づくりは、よくよく考えてみると僕たちが始めたことではない。それは、脈々と先祖代々続いていることで、地域づくりとはそれを大切に伝えること、残すこと、生かすこと”

現地視察

 7日は、まず、石徹白集落の成り立ちの原点となっている白山信仰の起点、白山中居神社を参詣し、その後、前日の報告会で平野さんが紹介された2つの小水力発電の現場を確認した。最初に拝見したらせん型発電機では、常時、500キロワットの発電出力があるのだが、県道を隔てた道の向い側の自宅に電力を送電しているために、県道上を通過する電力の上限基準にあわせるため、いったん、出力を下げた上で送電し、受電側で上げているとのことであり、現場に合わせた規制緩和の必要性なども感じた。
 農産物加工センター横に設置されている上掛け水車の発電機では、らせん型水車の方が設置価格が低いのだが、遠目から目立ちにくい形状のため、地域住民の人々から「集落の象徴となる形の水車が欲しい」といった声を受けてあえて上掛け水車の形で設置されたという。こうして、食のみでなく、エネルギーも地産地消する石徹白のブランドイメージを内外にアピールし、地域の人々の理解にもつながる形を追求されている。
 最後に訪問したのは、平野さんのご自宅兼石徹白洋品店である。衣食住の地産地消を目指すということで、衣の点においても、石徹白で農作業の際に昔から着用されていた藍染の作業着など拝見した。石徹白洋品店の一角では、かつて馬が飼われていたころのスペースを使って、ギャラリーや演奏会など開催し、地域の方々との交流を図る空間としても使われていた。

おわりに

 今回の石徹白での報告会と現地視察は、グローバルなつながりの中にローカルな声を現場からといった視点で、生物多様性10年の活動にとりくみ、また、生物多様性を主流化していく活動をしている私たちにとって、福島第一原発事故によって顕在化した問題をいかにして見据えながら、今後、国際社会に、国に、地域社会に発信していくかという点で、問題意識の整理・共有ができたと同時に、成功事例を知ることにも大きな成果が上がった。
 当然のことであるが、生物多様性の主流化に向けて地域の声を地域の立場から伝えていくこと、また、福島第一原発事故に対し地域の力で復興していくこと、この経験を世界の人々にきちんと伝え、問題提起をし続けることは短い時間で終わるものではない。
 今後も引き続きこうした各地の実践事例の共有を図りながら、ネットワークとして多様な活動に取り組むメンバーたちの経験交流、課題意識の共有などが続いていくと、とてもうれしく励みになると思っている。

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